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Shut the fuck up and write some code

グダグダ言わずにコードを書きたいブログ

私の履歴書

雑記

@nakano_pixyさんにこんなことを言われたので、自分の過去のキャリアについて振り返りつつ書き綴ってみる。自分のキャリアについては過去ログ見ると結構出てくるのだけど、あとこれとか今となっては赤面ものだわw。もう既にかなりどうでも良くなってしまっていて、全く参考にになりませんが、簡単ながらまとめてみましたのでどうぞ>@nakano_pixyさん。


1.アンテナ製造会社<在籍3年>

大学卒業後一応正社員で入社した。Fラン以下大学出身就職氷河期ど真ん中世代なので、就職活動してもまともに内定取れるわけがなく、研究室の教授に紹介された会社に勢いだけで面接。紹介されたものの、会社見学は行ってないし、業種も何となくしか分かってない。面接だけ受けて、そのままコネ入社。スタートから人生詰んでたわけだ。将来の夢なんてとっくに無くしてるし、コレからどうやって生きてくかしか考えてなかった。ただ親のスネかじるような生活だけはやめたかったので、定職に就くことにした。殆ど高給のバイトとしてしか思ってなかったわけだが。

いざ入社してみると、早速地方の製造工場に飛ばされて、肉体労働バリバリやる羽目に。鉄筋担いで運ぶ、鉄塔によじ登る、スコップとつるはしでひたすら穴を掘る、生コンかき混ぜて土台に流し込む、ひたすらアンテナのコイルを磨く・・・などなど、コンピュータとは無縁の世界。下請けの下請けみたいな人たちと一緒に働いた。地方から出稼ぎに来ているおっちゃんたちは、みんなもれなく歯が無いし、声が酒ヤケし過ぎてて何言ってるのか分からないw 笑顔でピースふかしてたのは忘れられない。ガチで底辺だったけど、今となっては良い人生経験だと言える。そんなに「悪い」人たちもいなかったしね。

この頃ネットが大きく発展して、日常的にネットを使うようになった(ISDNが一番高速だった時代w)。Web制作が仕事になってるという話を聞いて、将来生き残る仕事はこれだ!と思い立ち、個人サイトを作るなどして独学でHTMLを学ぶ。入社して三年、仕事に限界を見い出し、地方の工場勤務で人生を終えるということに危機感を覚えて退社。若者のたまり場がTSUTAYAの駐車場という現実に耐えられなかったw そして実家に帰って就職活動始める。


2.映像制作会社<在籍2年>

映像制作会社のWeb制作部門に潜り込むことに成功。主に大手広告代理店経由のサイト制作の仕事で、画像加工やHTMLコーディングをやっていたが、手が空いているというだけでFlashやらされることになる。セミナーみたいなのに行ってFlash(当時はFlash5!!!)の使い方を1日で教えてもらった次の日からすぐ仕事に投入され!死ぬかと思った。ここから自分のデベロッパー/Flash使いの人生が始まった。

そのうち仕事も徐々に制作よりも仕切りが多くなる。この頃はお金もある仕事も多くて、商品の写真撮影もサイト用に独自でやる場合が多かった。なのでカメラマンや撮影スタジオの仕切りなどの制作進行管理をしつつ、上がってきた素材を自分で使ってサイト制作をやるという俺一人内製体制w 相当ハードな上、クライアントのちゃぶ台返しが日常茶飯事。さすが激務が続き、ストレスからか睡眠障害気味になり、心身ボロボロ。ある日突然血便が出て、さすがに身に危険を覚え、次の日辞表を出した。今思えば完全にブラックだったなあ。


3.ニート<1年>

ある程度休んだらすぐ仕事探そうと思っていたら、案の定ずるずると1年経ってしまった。貯金使っての生活。酒浸りの日々。プログラミングのプの字も無かった。


4.携帯サイト制作会社<在籍4年>

1年遊ぶとさすがに貯金が尽きてきたので、知り合いの紹介で派遣として入ることになった。最初はデバッガーとして入ったので、ひたすらガラケーでの表示テストだけをやっていた。そのうち使っていたPCにたまたまFlashが入っていたのを見つけて、当時出たばかりのFlashLite1.1でゲームを作って遊んだりしてたのが上司に見つかって、Flashの制作仕事を振られるようになる。そのうちFlashLiteが大きく流行るようになったのもあり、仕事もデバッグ業務からFlash制作業務だけになる。

この時代はIT大ブームでブログやSNSが大流行、Web2.0旋風が吹き荒れてた。誰もが梅田望夫の「ウェブ進化論」を読んでいるわけで、自分ももれなく「これからはWebだ!Webで飯を食う!」と言ってたし、iPhone/Androidの発表を聞いて「スマホの時代だ!スマホで稼ぐ!」と大興奮していた。そしてプログラミングの勉強を本格的に始める。当時まともに書いてたのはAS1だけwしかもこのとき既に30過ぎてるわけで、完全に人生終了状態w 

何故か社内のほぼ同い年のエンジニアチームのリーダーと仲良くなって、プログラミングについて色々教えてもらう機会に恵まれる。恥を忍んで色々と教えてもらった。今Emacsを使っているのも、この頃エディタについてよくわかってないところに信者に洗脳されたからw エンジニアでもないのに勉強会呼ばれてFlashについて説明させられたり、Macを買い始めてアプリの開発に手を出し始めたり、apollo(AIRの全身)触り始めてAS3書いたり。同時期、派遣から契約社員に切り替わったので収入が増え、技術書を大量に買い始める。部屋中がオライリーだらけになりつつ、手探りながら勉強だけは続けていた。


5.フリーランス<半年>

前職で一緒だった人に誘われて、フリーランスに転向。沖縄の携帯コンテンツ制作の事業所の立ち上げを手伝いながら勉強を続ける。半年経った頃次の会社のお誘いを頂く。少々迷ったものの、この頃丁度嫁と籍を入れようとしていて、さすがにフリーランスは嫁の両親への心証が悪いので就職することに。


6.Web制作会社<在籍2年>

携帯コンテンツ制作部門に入る。ここもFlashをやっていたが、FlashLite1.1ではなくFlashLite3.0/AS2での開発。OOPでの開発スタイル。初めて「エンジニア」という肩書きが名刺に入った。しかしOOPの開発は実務経験ゼロだったので、この時期は自分でもかなり苦労したと実感している。今より5キロほど痩せたし。毎日が勉強、必死だった。徹夜休出も多かった。24時間コード書いてたと思えるくらい。このとき33歳とっくに過ぎている。プログラマー限界説目前。この頃からもう趣味と仕事がほぼ同じなる。

本格的にiPhoneサイトを作る仕事からJSを書くようになったのもこの頃。簡単な開発環境なら自前で用意するようになり、LAMP程度なら簡単なアプリのモックを作るようにもなった。AIRでアプリを作ったり。結果やって良かったと思える時間でした。


7.ソーシャルゲーム制作会社<在籍1年半>

震災を経て、心変わりをしたわけでもないけれども、新たな可能性を求めて転職、入社。既にプログラマー35歳限界を突破!! なぜかFlashチームのリーダーをやらされる。人生初の役職! 主にアニメーションの実装をやっていたが、Flash/JSだけでは飽き足らなくなってきた。ブラウザも良いけどネイティブもやりたい。時代はすぐに変わって行く。ブラウザにしてもCoffeeScript、Hexeなど新たな環境でやりたい欲求が高まり退社を決意。それ以外の理由も大量にあるけどあえて触れないww 


8.フリーランス2回目(現在9ヶ月)

ソーシャルゲームのお仕事をお手伝いさせてもらいつつ、趣味と勉強を兼ねて色々な言語に手を出す。マルチメディア系言語大好物になる。気がつけばJS(CoffeeScript)、AS(AS1/AS3)、CSS(SASS)、Objective-CJAVA(Android)を業務で使い、趣味でC++も書き始める。色々勉強してたのが役立ち始めた。さらにnode.jsやrailsなどサーバー系に色々と手を出し始めてみたら、Webをやりたい欲求が強まり、「俺Webエンジニアになる!と言い出す<イマココ。


9.終わりに

異業種からエンジニアへというパターンはよくある話でなんですけど、自分は割と遅咲きの方で、本格的にコードを書くようになったのは33歳を過ぎてからなのです。ちなみに25歳の時は鉄塔よじ上って取り付け工事やってたし、29歳の時は無職だった。33歳でオブジェクト指向の言語での開発を始めて、37歳でHHK Proを使うようになった。12年の時間を経て、使う道具がスパナからキーボードに変わったわけだw

我ながら適当に歩んだ遠回りしている人生です。年齢的にも正直いつ切られてもおかしく無い。しかし運が良いことに節目節目で多くの方々にサポートしてもらって何とか今日まで生きてきた。有り難いことだし、本当に感謝してます。出会いは本当に重要。ただダラダラ何もやること無く一人でいるな、時間あるなら今すぐ誰かに会いに行け、って心底思います。

「●●(有名大学名)出身で」という触れ込みの歳は一回り以上違う子たちと仕事する機会は、加齢とともに圧倒的に増えている。俺は学校で勉強もしてきてない、現場での完全な叩き上げで、その人たちの明らかに順風満帆な人生(そうでは無い人もいるのだろうけど)と俺が歩んだ人生は明らかに真逆。下に見られることも多々ある。正直ムカつくこともかなりあります・・・いやいつもかw それが変にねじれなかったのは、この人生も自分でも「ひでー人生www」と笑えるそこそこのネタになっているのと、プログラミングという行為が性に合ってるからなんでしょう。

今更Webエンジニアになりたい!なんて、冷静に考えても、もの凄く現実離れしてるけど、まあ他にやりたいことも特にないし、プログラミングは嫌いじゃないし、なれるかどうかは別として目指すのはアリかな。35歳限界説を唱えたら、エンジニアとしては就職は出来ないだろうけどw、個人でプライベートプロジェクトをやる、もしくは自ら起業する、なら40過ぎてもなれるはずと勝手に思い込んでます。完全に自分の経験則ですが、30過ぎてもそれなりに勉強に時間をかければ、全然やれますね。1万時間かければ出来る。やったもん勝ちです。なのでこれからも年齢など気にせずやっていこうと思います。ゴルファーのトム・ワトソンのように


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